源氏物語はぜんぶで54帖。その第2帖「帚木」の巻のざっくり現代語訳です。
光源氏は17歳。若い青春の日々の、そんなある夜のこと。
もくじ
ある夏の夜
もし「美男子太郎」とか「イケメン太郎」って名前だったらどうする? 改名したくなるでしょ?
「光源氏」ってそういうことなんよ。恥ずかしいやろ。
光源氏「だから俺は、女の子とは付き合いません。イケメン太郎が女の子と一緒に歩いているぞ、とか言われたら最高に恥ですわ」
マジメに過ごすと誓う光源氏。
光源氏「ネットが無い時代でも、炎上みたいなことってあるんですよ。人のウワサとかでね。だから俺、そのへんガチで気を付けてる」
友人A「おーい、光源氏。野球しようぜ。あと、恋話しようぜ」
ちかごろ光源氏はこの友人Aと仲良しでした。
この友人Aが恋愛トーク大好きなんですよ。
友人A「お前の机の引き出し、手紙がいっぱい入ってるじゃん。誰からの手紙? 見せろよ。見ぃーせぇーろーよ!」
光源氏「ひとの手紙やメールを見たいとか、お前もいい趣味してるよな」
友人A「できれば、こう、エグい内容とか、ドロドロした手紙が見たいっスね」
でもまぁ、友達なんで、光源氏のほうも「しょーがねーな」くらいのノリです。
友人A「ところで女の子の話なんやけど、完璧な女の子っていなくない? 字が上手いとか顔がキレイとか、そんなんに騙されんわ」
光源氏「完璧にいい人はいないけど、完全にダメな人もいないよ」
友人A「ま、俺が思うに、女は三種類だ。1.身分が高くてかわいい、2.身分が普通でアリっちゃアリ、3.身分が低くてナシ。どの子も会ってみると、ウワサほどじゃないんだけどね」
友人Aの話は長い。しかもかなり上から。
源氏物語を読むと、帚木の前半で読むのやめてしまいたくなります。このへんまだあんまり面白くないから。
友人B「お前たちー! さては恋愛トークをしているな!?」
友人C「我々も恋愛トークに混ぜてもらおうか」
恋愛トークを嗅ぎつけてやってきた友人BとC。
光源氏「また話の長いやつらが来たなぁ」
友人B かなりヤバいヤツだった
友人B「女の子で一番ぐっとくるのはギャップですねハイ。たとえば社長とか身分が高い家のお嬢様が『お琴をたしなみますわ』とか言ってたら、そういうのは、もうダルいです。
興奮するのはですね、貧乏で身分の低い家で、オヤジは腹が出て中年太り、アニキはブサイク顔のキモ男。そんな家に美少女がいたら、え? マジで!? ってぐっとくるでしょ。要は魔法をかけてもらう前のシンデレラ。
とにかくですな、光源氏、お前が一番カワイイ。お前が女だったら良かったのに。もう光源氏が女になれよ」
この友人B、なかなかヤバい思想を持っている。
友人B「女の子と仲が悪くなったとするじゃん。そしたら『実家に帰ります』とか『尼僧になります』みたいな置き手紙と、手紙のそばに二人の思い出の品をわざとらしく残して、忽然と姿を消す系女子っているでしょ」
光源氏「そんなんおる?」
友人B「おるよ、おるおる。悲劇のヒロインぶるやつ。最初のうちは自分に酔ってるだけなんやけど、こういうことしてると、そのうちマジで尼僧になったりして、取り返しがつかなくなるんですよハイ」
わざと心配させるように仕向けるのがいやだという事らしい。
友人B「というのはですな、むかーし、嫉妬深い女と付き合ったことがありまして、他の女の子と遊んだらめちゃめちゃ怒るんですわ」
光源氏「Zzz……Zzz……」
友人B「ワシ、ムカついたんで、わざと冷たい態度をとったり、他の女の子と遊んだりしてやったんです。そしたら大ゲンカになって、そいつワシの指に噛みついたりするんです。暴力反対ですわ。それで一回別れたんやけど、なんやかんやでよりを戻しましてね」
友人B「よりを戻した記念に、またわざと冷たくしてやったんです。ワシに逆らわんよう調教するために。そしたらその彼女、悲しみ嘆いて死んでしまいましたわ。やりすぎちゃったよテヘヘ」
わざと人に心配をかけているのは友人Bだった。
友人B「その死んだ子とは別に並行して付き合ってた女の子がいたんやけど、ある日、仕事の帰りに同僚とたまたま一緒に帰ることになったんですよ」
友人B「で、一緒に帰ることになった同僚が『寄るところあるんで』とか言ってさ、寄るところってのがワシと付き合ってる女なんですよ」
友人B「ワシ、同僚と女の子が仲良くしてるのを、遠くから見てましたわ。NTRっていうんですかね。こうなったらもう、その女の子とは付き合えんでしょ」
友人Bは自分が浮気されるのはイヤだと主張する。
トーク番組的なノリになってきて、それぞれ持ちネタを披露する展開に
友人A「それじゃ、つぎ俺の話いくわ」
友人A「俺もいろんな女と付き合ってたけど、その中のひとりに、べつにどうでもいい女がいた。なんとなく付き合いが長くなってたんだけど、女から連絡があってさ」
女「うちら子どももおるのに何してんの? 私はまだいいとして、子どものことまで忘れんなよ」
友人A「すっかり忘れてた。で、なんか適当に相手してたらその女、行方不明になってた。悲しくね?」
この女性のその後は「夕顔」の巻で出てくるからお楽しみにー!
話のトリのやつ おもしろいこと言わないといけないプレッシャーが大きくなってしまう
友人A「じゃ、次はもっとすごい話、聞きたーい」
友人C「この流れで話すのきっつ」
友人A「はよ話せよ」
友人C「きっつ。じゃあ、大学生だったころの話やります」
友人C「頭いい女の子と知り合ったことがあるんですよ。そのへんのハカセとかより断然頭がいい女の子」
友人A「ほう、いいじゃん」
友人C「頭がいいのは良いけど、好きになるかどうかはまた別の話じゃないですか。文章とかもうまいし、漢字も知ってて、一緒にいたら自分がアホに思えてくるんですよ。実際ぼくアホなんですけど」
友人C「あ、でもいろいろ勉強を教えてもらって、そこは助かった」
友人C「そんで、ある晩、その女の子の家に行ったんです」
頭いい女「何か月も風邪が治らん。熱も出てる。体力つけるためにニンニク食べた。いま私ニンニクくさい」
友人C「に、においフェチってやつかぁ。頭いい人ってなんかヤバい。ぼくそういうの初めてなんです」
友人C「うっ。くせぇ」
頭いい女「だから言ったじゃん。においがとれた頃にまた来てよ」
友人C「は、はぁ……」
頭いい女「におい気にしないで遊べるくらいの仲になりたい」
友人C「いや、はぁ、ええと……」
友人C「で、それ以来、会ってないです。無理っしょ」
4人はこうして夜を明かしました。
光源氏は女の子の話題を聞いていると、藤壺のことが心に浮かぶのでした。
光源氏(藤ちゃん。今夜の話に出てきた人たちより藤ちゃんのほうが素敵だ)
藤壺や光源氏は上流階級の貴族です。光源氏の母親の桐壺も皇居の中では身分が低いほうだったのですが、それでも皇居に住んでるというのは一般人とは別格です。
ここで話題になっている「身分の低い」というのは皇居の中の位の偉さの意味じゃなくて、皇居の外の庶民のことです。
翌日
光源氏「あー暑い」
葵上(光源氏の嫁)「化粧バチッ! 服装シャキッ!」
光源氏「葵ってスキがないよな。昨日の夜のみんなの話に出てきた、身分の低いだらしない女のほうが魅力ある説って有力やわ」
おじさん「やあ光源氏くん。おじさんはね、暑くて、汗を、かいちゃって、休憩をね、しているんだけどね」
光源氏「おじさんもうざいなぁ」
織田信長で有名な本能寺の近くに中河という川があります。源氏はそのあたりの家に遊びに行くことにしました。
光源氏「理由はこのへんが今日は縁起がいいんで」
家の主「光源氏さま、今うち散らかってるし、だらしない女も来てるけど、それでもいいですか?」
光源氏(あー、ここって昨日の夜の話に出てきた、中くらいの、アリっちゃアリくらいの収入の身分の家やん)
ウワサ好き女たち「やだちょっと光源氏じゃん。若いのにエラい人の娘と結婚して、頭あがらないんだって」
光源氏(ううっ。何の話してるんだろう。もしかして俺が藤ちゃんのこと好きだってバレたのかな? 恥ずかしいんですけど)
ウワサ好き女たちの他に、子どもも大勢いました。
子どもA「ぼくのパパ、この家の主。ママは死んだ」
子どもB「ぼくの姉、この家に後妻にきた」
光源氏「つまり、子どもBの姉って、子どもAの義理の母? ええい、ややこしいわ」
夜、もう寝るかーって蒲団に入ったら、ふすまの向こうから声が聞こえてくる。
子どもB「光源氏がとなりで寝てるよ。ウワサ通りめちゃカッコイイ人だった」
子どもBの姉「へぇー。見たいなー。ところでこの部屋のお世話係のおばさん(呼び名が中将)ってどこ行ったん?」
子どもB「風呂とかでしょ。ぼくもう寝るんで。灯りも消すんで」
子どもBの姉「えー。おらんのー!? ちゅーじょー(お世話係のおばさんのこと)」
灯りは消えて真っ暗になり、子どもBの姉の気配だけがする。
光源氏は子どもBの姉の部屋へ入っていった。子どもBの姉はお世話係のおばさんが帰ってきたのだろうと勘違いした。
光源氏「中将を呼びましたか?(※中将は中将でも、光源氏は近衛中将)」
子どもBの姉「えっ やばいシチュ。男じゃん」
光源氏「しーっ。突然、ふらっと出来心でやって来たように見えるかもしれないけど、そうじゃないんだ。ずっと前から好きでした」
子どもBの姉「うっ カッコイイ。夜いきなり出てきてこの優雅さ」
子どもBの姉は光源氏を見て驚いたが、やさしくやさしく言われて、なんだか落ち着いた。光源氏がこのあと肌を合わせてくるんだろうなって直感した。同じ部屋で弟が寝ているし、お世話係のおばさんがいつ戻ってくるかわからないし、なによりこの家に嫁に来ている身だった。だけど正直なところ、このまま光源氏の思い通りになるのもいいかなって思った。
子どもBの姉「ひ、ひと違いしてるんじゃない?」
弟に聞こえないように、息の下のささやく声で拒んだ。戸惑う姿がなおのこと美しかった。
光源氏は子どもBの姉を両手でかかえ上げた。
お世話係のおばさん「ただいまー。って、あれ? 暗くてよく見えませんけど、誰かいる? って、いい匂いがするけど、これって光源氏がさんがいます?」
光源氏「お世話係のおばさんですか? 明け方にまた、子どもBの姉を迎えにきてください」
子どもBの姉「お世話係のおばさんにこんなん見られて恥ずかしい。光源氏おまえ、私が身分の低い貧乏な家の者やからって、簡単やと思うなよ」
「いいじゃん」「だめやろ」「いいじゃん」「だめやろ」「いいじゃん」「だめだっつってんだろーが身分も違うしお互い既婚者やしホンマええ加減にせぇよ」
こうして、夜が明けた。
数日後
光源氏は子どもBの姉ともう一度会いたかった。そこであの中河の近くの家の主人を呼んでこう持ち掛けた。
光源氏「子どもBの就職先決まった? うちで雇ってもいいよ。給料も高いし」
中河近くの家の主人「じゃ、うちの妻(子どもBの姉)に伝えときます」
光源氏としては姉越しに子どもBに伝えるのが不満だったけど、無事に子どもBは光源氏の召使いにになった。
光源氏「よく来てくれた。お洋服、ちゃんとしたの着せてあげようね。皇居とか行くから一緒おいで」
子どもB「光源氏カッコイイ優しいうおおおお。ありがとう!」
光源氏「このお手紙をお姉ちゃんに届けてね」
姉に直接言わず、子どもBを使うのはズルいようにも思えますが、当時はスマホも固定電話もなかったので、けっきょく誰かしらにはお手紙をたのむことになる世界なのでした。
子どもB「と、いうわけで、姉ちゃんにお手紙だよ」
子どもBの姉「子どもにこんな手紙をことづけるなんて!」
子どもB「お返事書いといてね。明日出勤するときに持っていくから。そのうちまた光源氏が遊びにやって来るよ」
子どもBの姉は身分が高くなかった。今の時代で言うと派遣社員かバイトリーダーくらいの位置だった。対して光源氏は天皇の血を引く貴族である。この恋は必ず破局する予感がした。別れにおびえながら恐る恐る味わう恋なんて、人妻になった今さら求める気にならなかった。もし結婚する前の自分だったら恐れず光源氏と恋愛しただろうにと、今の境遇も独身時代が過ぎ去ったこともわびしく感じられた。好きだという気持ちだけあれば恋愛できるというものではないのにと考えているうち、光源氏に惹かれている自分に気づく。
しばらく経って、光源氏はまた中河の近くにあるこの屋敷を訪れた。
理由は縁起がいいからやって来たと見せかけて、子どもBの姉に会うため。
光源氏「ふう。世間体を気にして、わざわざ縁起がいい日を待ったぜ」
家の主「おおー! 光源氏さま、今日はこのへん縁起がいいですもんね。それにうちの庭がいいが感じだから来てくれたんでございましょ? いらっしゃ~い」
縁起とか、そのへんが時代ですねえ
帚木(ははきぎ) ◆人も愛も、近づけば消えるまぼろし◆
子どもBの姉は光源氏と会いたくないので隠れることにした。
昔の家はかなり広くて、大勢で住んでいて、部屋もいっぱいあるので隠れるのは余裕だった。
子どもBの姉「仮病つかうわ。みんなには体調が悪いからお休みしてますって言っといて。おつかれー」
光源氏は子どもBの姉に会うために苦労したのに、会ってもらえずめちゃ残念だった。
光源氏「俺のことを好きそうで、この仕打ち。帚木(ははきぎ)かよ」
「帚木」というのは遠くからは見えるけど、近づくと消えてしまうという架空の植物です。家に来ると隠れてしまった子どもBの姉がまさにそれなのです。
子どもBの姉と会えないまま、夜は更けていった。
光源氏と子どもBはしょーがないんで一緒に寝てた。遠くで隠れている子どもBの姉も、実は寝付けなかった。
光源氏「子どもB、お姉ちゃんに会わせてくれ」
子どもB「姉ちゃんとか、お世話係のおばさんたちとか、大人がいっぱいいて僕じゃ無理」
光源氏はなんかもう、姉なんかより子どもBのほうが可愛いらしく思えてきた。