源氏物語は全部で54帖。その第4帖「夕顔」の巻のざっくり現代語訳です。
光源氏は17歳。空蝉のお話から数日~数週間後。
乳母はいいとして、いきなり六条に住む愛人というのが登場します。現代の小説に慣れていると、いきなり出てきた六条の愛人って誰なん? ってなると思いますが、愛人についてはこの先徐々に明らかになっていくという展開です。
実は六条に住む愛人の登場シーンや、光源氏と藤壺のエピソードが書かれた巻が存在したけれど、失われて現代に伝わっていないのではないか? という説があります。
ストーリー的になんか飛ばされているように思えるからです。
その幻の巻のタイトルは「輝く日の宮(かがやくひのみや)」です。
輝く日の宮とは藤壺のことを指します。光る君(光源氏のこと)と対になっています。
なんせ1000年前だし、実際のところ、有るとも無いとも確定的なことは不明です。
失われた財宝というのはどの世界でもロマンがあるものですね。
もくじ
光源氏、病気の乳母のおばあちゃんをお見舞いする
――京都の町。光源氏は車に乗っておでかけ。
光源氏はこのごろ、六条(地名)に住む愛人に夢中だった。
光源氏「はー。今日も愛人ちゃんの家に行こうっと。あ、そういえば乳母のお婆ちゃんが病気って言ってたな。どうせ通り道やし、お見舞いに寄ったろ」
乳母というのは小さいときに育てる係の人です。
光源氏「にしても、乳母のお婆ちゃんが住んでるこのあたりの町、ボロボロやなあ」
――京都のボロい住宅街
乳母のおばあちゃんのとなりの家の話なんだけど、塀を木で作っていて、板垣みたいな感じ。板垣はそんなに高くないので、向こう側に庭が見えてその家の女たちが歩いているのが見える。
その板垣らへんにはツル草がはっており、白い花が咲いているのだった。
光源氏の家来「これは夕顔ですな。花の名はいい感じですが、実物はこういう汚い場所に咲く花です」
光源氏「はえー、キレイな花なのに、こんなすみっこ住宅街に咲く運命って可哀相。全国区いけるのに地下アイドルやってる子みたい。ちょっとあの花を摘んできて」
光源氏の家来「えっ、汚ねえなあ。しぶしぶ……」
家来が花を摘みに行くと、家から少女があらわれて、うちわを差し出した。
少女「このうちわをあげましょ。汚い花どすから、花を『ハイ』って手渡しするより、このうちわの上に花を置いて献上すれば、ちょっとはカッコがつきますやろ」
光源氏の家来「なんなんだ急に出てきて。乳母のおばあちゃんの隣の家の少女、なんかすげーな!」
――そして病気のおばあちゃんの家
乳母「光源氏ちゃんにもう一度会いたかった。それだけが心残りだったんじゃよ。来てくれてありがとう。もう思い残すことはない。これで仏さまのお迎えが来てもオッケーじゃ」
光源氏「お婆ちゃん死なないで。ワイは将来は出世する予定や! そこまで見届けてほしいやで。せやからもっと長生きせな!」
現代では病気になると入院してお医者さんに診てもらいます。そういう感覚で、源氏物語の世界では病気になると出家して仏様に治してもらうのです。乳母も治療のために出家したのです。出家して尼僧になったからには「育てた光源氏に会いたい」という気持ちは捨てるべき煩悩なのです。
乳母の家族「メソメソするなこの尼!」
光源氏「お婆ちゃん!! メソメソ。ワイは実の母親も実の祖母も死んだ。育ててくれた乳母のお婆ちゃんが一番仲良しで甘えられて大好きや。いなくならないで。病気が治るお祓いもしたるからな!」
乳母の家族「うわー光源氏、尼僧相手にマジかよ。こんなんもらい泣きしてしまうやん」
乳母の家族側が当時の常識なんですね
光源氏「ところで、このうちわやけど、すげーいいにおいがする」
さきほどの夕顔のうちわを見ると、なんと文字が書いてあることに気づく!
うちわ「もしかして光源氏さまですか!?」
光源氏「なんやこのうちわ!? きれいな字が書かれている。ねーねー家来、これお婆ちゃんの隣の家でもらったの!? 隣の家ってどんな人が住んでるの?」
光源氏の家来「知らんけど」
光源氏「知らんのか。じゃ、聞いてきてよ」
乳母のお婆ちゃんの家のとなりの家が気になる
家来「おばあちゃんちの隣の家のこと聞いてきました。家の主人は例えば一日駅長みたいな、偉いのか偉くないのかわからんやつで、今は出張中です。妻は若くていい趣味してます。姉妹は皇居に勤務であります」
光源氏「ほう、それならうちわをくれた人は皇居にお勤めしてる子やろか? これな、逆ナンってやつやで。こんなボロ屋敷の女に逆ナンされるとは! ワイを誰やと思とんねん! バカにすな!」
光源氏「お返事カキカキ」
家来「しっかり返事するんかい」
その日はこういうわけで、六条(地名)に住む愛人の家へ着くのがすっかり遅くなった。
六条の愛人は光源氏の相手として十分な、品があって家も庭も立派な上流階級の女。愛人と過ごす夜はすぐに更けて、翌朝おそくに起きた光源氏は帰るのがすっかり日が昇ってからになってしまった。
そして帰り道には、またあのボロ住宅街を通り、夕顔の家がある。
光源氏はたしかに愛人に夢中なはずだった。何度でも会いに行きたい。しかし愛人の家へ通うたび、行き帰りの道で通る汚らしい夕顔の家が気になってしまう。
――数日後
家来「おばあちゃんちの隣の家、調べが進みました。5月ごろから謎の人物がやってきて住んでいます。めっちゃキレイな人で、悲しそうにお手紙を書いたりしてます。さらに調査をすすめるため手紙を送ってみます」
光源氏「やるやん、その調子でたのむわ」
この家来、有能だった。
謎の転校生的なやつが5月にやって来たという展開です。
一方そのころ、空蝉はお引越しすることになっていた
突然ですが読者のみなさんは空蝉というキャラを覚えていますか?
このお話より前の「帚木」と「空蝉」の回に登場したキャラです。
空蝉は光源氏が近くに来るたびに姿をくらますので、光源氏は空蝉のことが心残りでした。
空蝉と一緒にいた軒端荻(着物をだるんだるんに来ていた女)のことは空蝉の件が片付いてからにしようくらいに考えていました。
そう考えているところへ空蝉の夫が帰京したのです。
空蝉の夫が光源氏のところへあいさつにやって来た。空蝉の夫は船旅で日焼けしていた。
空蝉の夫「光源氏さま、こんにちは。用事で四国から京都へ帰ってきました。またすぐ四国へ出かけます。用事ってのは娘(着物だるんだるんの軒端荻のこと)を結婚させようと思ってます。こんど四国へ行くときは妻(空蝉のこと)もつれていきます」
光源氏「ええ!? ああ、そう、そっかぁ。いやだなあ、いや、よかったね。四国のお風呂ってどんな感じ?(空蝉つれて行くのかー。もう会えなくなるな)」
光源氏は空蝉の夫に「なんか気まずいなー」と思いながら対応した。空蝉とこのまま疎遠になるのはいやだった。しかし空蝉の弟に相談してみても今回ばかりは打つ手なしだった。
やがて秋になりました
葵上(光源氏の妻)は光源氏がぜんぜん会いに来ないので悲しんでいた。
六条の愛人も、このごろの光源氏が以前ほど自分に熱心でないことを寂しく感じていた。愛人関係になる前は熱心だったのに、そうなってしまったら熱が冷めていく。
六条の愛人はあれこれ思い悩むタイプだった。
六条の愛人「これって私が年増だから?」
秋ってそういう季節ですよねえ
――六条の愛人の家
ある霧深い明け方。
六条の愛人「ねえ光源氏。もうすぐ夜明けだよ。明るくなる前に帰ってよ。明るくなって私の部屋から出ていくところを誰かに見られたら『ははーん、さてはあの二人』って思われるやろ」
光源氏「ううっ、ねむい。この時代のルールやし、仕方ないなあ」
お世話係のお姉さん「じゃあ私めが、お見送りしまーす」
愛人の部屋を出ると、庭に朝顔が咲いている。
光源氏はお世話係のお姉さんと廊下を歩きながら、お世話係のお姉さんに対して言った。
光源氏「朝顔きれいやなあ。お姉ちゃんもきれいやで」
お世話係のお姉さん「私ですか? げふんげふん。ご主人様(六条の愛人のこと)は、ほんま、きれいおすなぁ」
光源氏のお世話係の少年が朝顔を摘みに行った。
霧、朝顔、少年が花々の中から朝顔を摘んできて源氏に差し出すところ、もう絵に描きたいくらい美しい朝だった。
朝顔を出しておきたいシーンなのです
乳母のお婆ちゃんのとなりの家の新情報きたぞー!
――また場所は変わって、光源氏の家。
光源氏の家来「乳母のお婆ちゃんのとなりの家をのぞき見していたら、車がやって来たんです。
そしたら家から少女が出てきて『帚木の回で登場した光源氏の友人Aが車に乗って来たよー!』とか言うんですよ。例の謎の女も出てきて『そう騒がんとき』と叱るんですが、少女が車でやってきた連中の名前をいちいち呼ぶので、誰が来たか判明しました」
友人A(帚木の回に登場したキャラ)が、謎の女の恋人と判明しました。
5月ごろボロ屋へやって来た謎の女。その謎の女のもとへ通う「帚木の回に登場した友人A」
光源氏「帚木の回で『身分の低い女もいいよな』って話してたけど、その人やん!」
光源氏「おもしろくなってきた。友人Aのやつ、夕顔の家の女と関係していたのか。また乳母のお婆ちゃんの家に見舞いに行って、ついでにとなりの家をのぞくしかないな。むしろついでがメインやけど。キヒヒ」
と、いうわけで、光源氏はまたも様々な手段で女に接近した。光源氏が女に近づくのはいつものことなので、このへんは省略です。
えっ!? そこは省略?
光源氏はわざと女の身分に合わせた汚い恰好をして、覆面までかぶって顔を隠して夕顔の家へ通った。
何度も会ううちに、夕顔の女のほうも「この人どこの誰なん?」と不思議に思って、朝帰りする光源氏を尾行させたりするが、光源氏はそこはかとなく姿を消した。
光源氏が身分の低い女の所へ通っていると世間に知れたら、一大スキャンダルになってしまう。光源氏は自分の行いが軽々しいと思いながらも、それでも夕顔のボロ屋敷にちょくちょく行ってしまう。
登場キャラが多くてごちゃごちゃなりますね。
とりあえず光源氏、友人A、夕顔の3人を考えましょう。
夕顔視点では、今の彼が光源氏、元カレが友人Aですね。
光源氏は夕顔と夜に会うんだけど、会えない昼間がつらい。それほど夕顔に熱中した。
光源氏「夕顔ちゃんの魅力は、人あたりが柔らかくて、『ま、ええかー』みたいなおおらかな所があって、物事を深く考えたりしなくて、雰囲気が若いところ。好きすぎる。もし夕顔ちゃんがお引越ししたらどうしよう。会えなくなるのはいやだ。ワイの実家に住んでもらおう」
夕顔は男の正体が光源氏だとわからない。
夕顔「夜遅くにきてさ、日が昇る前に帰っていく。めちゃくちゃこっそり。誰かわからんねん。でも高貴な感じがするんよね。いい男ってのはわかる。もしかして妖怪変化やないの? キツネとかタヌキとか、そういう系統の化け物やない?」
むかしはマジで妖怪を信じていました。
現代でもその名残りで、おはらい、おきよめ、おまいりとか、色々ありますけど
あれ、むかしは全部マジで本気でやってたんです。
神様や妖怪を真剣に信じていたのです。
それで光源氏は、いきなり「ワイの実家へおいで」とは言いだしづらかったんで、どこかテキトーな場所へ誘ってみることこした。
光源氏「もっと安らげる所で話そう」
夕顔「怪しい! くわばらくわばら。あなた悪霊ですよね?」
光源氏「せやな、キツネかもしれんわな。お互いに」
マジなのか冗談なのかわからないやり取りをしつつ、夕顔は細かいことは気にしないタイプなので、光源氏といっしょにどこかへお泊りに行ってもいいかなーと考えた。
八月十五日の満月の夜。夕顔のボロ家。
天井の板のすき間から月の光が漏れてくるので、光源氏は夕顔の家のボロさ具合がよく見えた。明け方が近づくと隣近所に住んでる男たちが「寒いねえ」「儲かりまっか?」などと話しているのが聞こえる。
光源氏「もう狭いし汚いし、このへんの近所に、もっといい宿ないの? そこへ行こうよ」
とうとう近所の良さそうな宿にお泊りした二人だったが――
旧暦8月は現在の暦では9月くらいです。
1000年前は寒かったらしいよ。
まだ地球温暖化してないしね。